第92回サンテラスロビーコンサート

Presented by 長野興農
第92回サンテラスロビーコンサート「ラテンと古典の調べ」
クラシックギター:稗田隼人

長野興農株式会社プレゼンツ 第92回サンテラスロビーコンサート  クラシックギター:稗田隼人さんのロビーコンサートが、7月2日東御市文化会館で開催されました。コンサートの様子を収録し、その一部がご覧いただけます。

収録をやってみての感想

ギターソロのコンサートや収録がこのところあまり機会がなかったので、始まるまでドキドキでしたが、自分としてもとても満足のいく演奏ができたと思います。お客さんの反応もとても良く、楽しい曲ではリズムに乗ってくれていたし、しっとりとした曲はじっくり聞いてくれているなと感じました。収録日はとても暑かったのですが、演奏が始まるとそれを忘れさせてくれるような素敵な空間になりました。

今後の抱負

今回ギターソロのコンサートとしては初めて7弦ギターを使用してみました。ギターは本来6弦ですが、低音弦が1本増えています。クラシックギターのレパートリー(曲)は大変素晴らしいものが出尽くしているので、今後は自分で7弦ギター用のオリジナル作品や編曲も増やしていきたいと考えています。音楽的な目標は、パン職人のようになることです。

プロフィール
稗田 隼人(ひえだ はやと)

1992年、茨城県つくば市に生まれる。クラシックギター奏者で作曲家。他にもコントラバスやクアトロ(ベネズエラ民族楽器)などの弦楽器も演奏。専門音楽はクラシック、ベネズエラやブラジルなどのラテン音楽全般。エスペラント語愛好家。

2010年、第32回ジュニアギターコンクール高校生の部で金賞、第35回ギター音楽大賞・大賞部門にて優秀賞(第3位)を受賞。東京音楽大学付属高等学校クラシックギター科を卒業後、2011年3月に18歳でスペイン・マドリードへ留学、翌年には国立トゥリーナ音楽院にてコントラバスを学ぶ。2013年1月に帰国後、演奏や作曲などの活動を開始。

共演者にアルパ奏者の上松美香、また声優・歌手 水樹奈々の楽曲「アパッショナート」ギター演奏&映像収録に参加。

2020年3月、東京文化会館小ホールにて自らがメインとなるコンサートに出演、同年4月から5月末にかけてヴァイオリン&ギターDuo「風の旅」として全国ツアーを開催。

「風の旅」としてこれまでに自主制作CDを4枚リリース。2021年7月にも東京文化会館小ホールで公演予定。*敬称略


ギタリストの稗田隼人です。

皆さんは普段、どんな音楽を聞いていらっしゃるでしょうか。あるフランス出身のパン職人は、日本でフランス式のパンを普及させようとした際、米文化が障壁となり「ご飯の代わりにパンを食べてもらう」という姿勢でのパンの普及は無理だと気付いたそうです。でも自身の作るフランス式のパンは美味しいから、何回かに一度、食事でパンを食べてもらえるように、というスタイルに変えたところ、お客さんが増えたそうです。

最終的に人気店になった大きな理由に、歴史ある伝統的な製法でパンを作ることと、お客さんに受け入れてもらえるように「食べやすさ」も取り入れることがあると思います。伝統的な製法を守り続けることは、先人たちの知恵を尊重し、また自身もその基礎研究をし技術に磨きをかけていくことなので、その時代や場所の人々の口に合うものを作ることと共存できると考えています。

音楽も同じで、基礎とわかりやすさ、どちらかが欠けると本当に良いものはできないと思っています。クラシック音楽は歴史もあるし、深い。でも、一般の人にとっては「わかりにくい」。それに対してポップスは誰が聞いても楽しい。でも、モーツァルトと違って、深みがなく、音楽理論的な「研究対象」にはなり得ないので、ポップスから「文化芸術の発展」はなかなか見出せない。ならば、先述のパンと同じように、音楽も「歴史や基礎」と「わかりやすさ」の両方を取り入れれば良いのではないか、という考えに至ったのです。

私の選曲は、フランスのR.ディアンス、ベネズエラのA.ラウロといった、「リズムの楽しさ」「わかりやすさ」「メロディの美しさ」と「クラシック音楽の基礎」が共存する、かのパン職人のようなものにしてあります。誰が聞いても、なんとなくかっこいい、でも奥が深い。最高ですね。

普段はポップスしか聞かないという方にも、何日かに一度、私の演奏する音楽も思い出して聞いていただけるものにできるよう、今後も努力していきたいと思います。


演奏曲

沖縄三線で「津軽じょんがら節」弾いてみた/てぃんさぐぬ花

祖父が青森出身なものですから、DNA的には一番自分に近い場所にあるのがこの津軽三味線の音楽だと思うのですが、沖縄の三線で弾くのはなかなか難しいものですね。中国から琉球へ、そして日本へと渡りながら変化していった三弦の楽器。ちなみに三線や三味線は一番低い弦(つまり手前の弦)を「一の糸」、一番高い弦を「三の糸」と呼びますが、ギターは一番低い弦を「第6弦」、一番高い弦を「第1弦」と呼びます。逆なんですね。ギターにしろ三味線にしろ、あらゆる民族音楽における弦楽器の基本的な役割は「歌の伴奏」で、それはフラメンコでも、アンデスのフォルクローレでも、日本の民謡でもそうですよね。琉球音楽でも同じで、言わずと知れた名曲「てぃんさぐぬ花」もやはり、歌があって、三線の本来の役割が果たせるというものです。曲名はウチナーグチで「ホウセンカの花」を意味する言葉で、ホウセンカの花弁を爪に乗せると少しずつ爪に色が染みていくように、親の言うことは「チム(肝)」に染みていく、という教訓歌なのだそうです。私がこの曲を初めて生で聞いて感動したのは石垣島のとある島唄バーでしたが、どうやらこの曲は沖縄島(沖縄本島)の歌なのだそうで、それは石垣島を含む八重山諸島の民謡と沖縄島の民謡とでは三線の調律(チューニング)が異なることがあるのだそう。今回は、沖縄島のやり方に倣って三味線でいうところの「三下り」、西洋音楽でいうところの「4度調弦」にして演奏しています。

Vals Venezolano No 2~3

稗田が最も尊敬している作曲家の一人、アントニオ・ラウロ(1917-1986)の名曲です。私がベネズエラ音楽に傾倒するきっかけを作ってくれたのがまさにこの曲です。土着の音楽であるホロポやベネズエラワルツのリズムに、色彩豊かでロマンチックな和音が合わさり、またいわゆるクラシック音楽の理論を熟知していることもわかる、まさしく「誰が聞いても楽しめるうえに質の高い音楽」を体現しているのが巨匠ラウロであると思います。その魅力からか多くのギタリストが演奏されているにも関わらず、ベネズエラ音楽を掘り下げていきたいとか、ラウロの音楽をもっと知りたいという方があまり多く無いことは少し残念に思います。私はラウロに傾倒し、またベネズエラ音楽をもっと知りたいと思い、クアトロというベネズエラの民族楽器も演奏しています。この楽器、基本的にはいわゆるジャカジャカの伴奏をするのみなのですが、改めてラウロのこのベネズエラワルツを演奏してみると、そのクアトロのリズムが使われていることがわかります。ラウロが譜面に書いた音をなぞっていけば素晴らしい音楽が演奏できるけれど、その奥にあるものはやはり民族・文化的なアイデンティティであり、またクラシックの作曲法の基礎があるからこそ「玄人にもものを言わせない」根の強さでもあるということがわかるのです。ともあれ、「美しい音楽を、素直に楽しんで」というメッセージも受け取れる、素晴らしい音楽であることもまた事実ですね。温故知新という言葉がこれほどまでに当てはまる音楽は、他に無いと確信しています。

Moonlight Etude

スペイン出身でフランスに亡命した作曲家、フェルナンド・ソル(1778-1839)作曲。練習曲集・作品35より第22番、「月光」の愛称で親しまれている名曲です。これは「家で練習するという曲」ということではなく、ピアノの詩人・フレデリック・ショパンによる「別れの曲」や「革命」などを含む「12の練習曲」然り、歴とした「演奏会用練習曲」であります。ソルの音楽の面白さは、彼自身がオーケストラの作曲家であったことから、管弦楽の技術をギターに取り入れたことでもありますし、それと同時にギターの限界もわかっていたからこその作曲法にあると考えています。

私は今回7弦ギターで弾いてみましたが、それは曲の中盤に出てくるDの和音をいつも中途半端に感じていたので、そこで低音を補う形で7弦目を使用しています。稗田も作曲家なので、ソルがもし7弦ギターを持っていたら、おそらくこのように使用するだろうと想像して音を1つだけ書き加えたものです。

Vals “Monta Danco”

2022年2月、急遽代打として軽井沢へ出向き、人生で初めてバレエの伴奏をしました。私が好きな民族音楽も、ヨーロッパのワルツも、考えてみれば全て音楽と踊りがセットになっているんですよね。民族音楽においてはむしろ、歌だけ、音楽だけで踊りなどを伴わないものを探すほうが難しいくらいですね。私は特にワルツが好きで、偉人たちの名曲からオリジナルまで様々なワルツを演奏してきました。今回はバレエとの演奏経験も踏まえて、7弦ギターのソロのためにワルツを作曲してみました。タイトルの「舞踏」は、普段お世話になっている東御市の名産品との語呂合わせでもあります。もちろん発酵したものも大好きです。

2015年作曲。スペイン留学時代、バレンシアからバルセロナへと地中海沿いを走る高速鉄道に乗った際、車窓から見える景色に魅了されました。その時の楽しい気持ちを音楽で表現したのが、この「旅」という曲です。ブラジルのサンバのリズムに、バロック音楽のフーガの要素も入っています。

Manha de Carnaval / Tristeza

映画「黒いオルフェ」のテーマ曲「カーニバルの朝」、そしてサンバの名曲「Tristeza(悲しみ)」です。前者はよく、曲名を「黒いオルフェ」なのだと勘違いされていることが多く、それはクラシックギターの名曲とされている「愛のロマンス」を「禁じられた遊び」と、同じく映画のタイトルと混同されているのと似ていますね。「ゆっくりなサンバ」とも「ボサノヴァ」であるとも言われる名曲です。稗田のアレンジではありますが、普段はまず頭の中で練ってから譜面を書き、それを実際にギターで弾いてみるという手順なのですが、この曲はコンサートでたびたび即興的に弾いていくうちに、なんとなく出来上がったものです。或いは毎回アドリブを入れるものですから、まだ出来上がっていないとも言えるし、不確定な状態が「完成」とも言えてしまう。音楽とは実際に「何の音を演奏するか」ではなく、「考え方」が重要なのであると、改めて思います。

撮影日:令和4年7月2日